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2009年01月04日

「年越し派遣村」で、いま起きていること。

明日から第171回通常国会が始まるので早めに東京に帰りました。
久し振りに両親とお正月を過ごせました。ありがたいことです。
バタバタしていた昨年末から、ちゃんとブログで書かなければ
ならないと思っていたことがありました。
「派遣切り」された人たちのことです。

急激な世界的な経済の悪化の影響から雇用環境が激変し、
大手企業などでは雇用調整として「派遣切り」が行われ、
住まいも職もなく、年越しをできない人たちのことが
連日ニュースで紹介されています。
紙袋とわずか数百円の所持金で宿もなく公園で過ごす人が多い、
それも若い世代が多く、私と同じ年の46歳の男性もいました。
そんな人たちのために日比谷公園の霞門近くに食事と
寝泊りできる場所を提供しようと昨年12月31日から
1月5日まで「年越し派遣村」ができたとのことで、
東京にいるなら現実を知るために行こうと思い、行ってきました。
私が行ったのはちょうど夕方薄暗くなった17時前でした。
炊き出しの時間だったのか、お味噌汁かとん汁かの美味しい
においとともに100人以上の行列がありました。
ボランティアスタッフの人たちがたくさんいて、
段ボールの空き箱が山積みになっていて、
中には飲むゼリーやレトルトカレーのようなもの、
お菓子が見えました。
中心に本部のテントがあり、その周りには3人くらいは入れる
青い三角のテントがたくさんあり、番号が大きく書いてありました。
私が見たのは40番代でした。
中には床屋さんもあり、医療スタッフもいるそうです。
実は私が行った理由はボランティアするつもりで行ったのですが・・・
労働組合等の大きな旗があちこちに掲げてあり、
躊躇してしまいました。
こういうことは党派を超えて議員が呼びかけて
自分たちができることはまずやろう!とボランティアに行くような
ことがどうしてできないのかと思います。
報道によると連日労働者が続々と多く詰めかけていて、
パンク状態になり、労働組合や市民団体などでつくる実行委員会の
想定の倍近い約300人が集まり、用意したテントが足りなくなり、
近くにある厚生労働省の講堂を緊急開放したそうです。

できるならもっと早く開放しないのか、政府の対応の遅れを
感じています。政府として早急に全力で人道的観点からも
自治体などと連携したり、空いている学校や施設などを開放したり、
また5日午前までの滞在でそれ以降はどうなるのか、
この寒空に放り出されてしまう・・・虚しさで体から力が抜けていく
思いがしました。

ここにいる人はほんの一握りであり、
この場所のことも知らずに野宿をして年越しをした人が
どれだけ多いのかと思います。
今後のことは明日厚生労働省の方に確かめてみようと思います。

→年越し派遣村のHP http://hakenmura.alt-server.org/
追伸:宿舎から見えた富士山です。
日本に生まれ日本人として象徴されるのが富士山だと思います。
3食のご飯とお風呂に入り、寝ることができない人たちが
急速に増えていることこれが現実です。
暗い公園の中で大きな声で叫び続けている人、炊き出しの列に
下を向いて顔を隠して並ぶ人、ボランティアの人、
そこを通る若いカップル・・・ここから数分歩けば銀座の繁華街です。
同じ日本なのか・・・政治家として現実を見つめ、
何とかしなければならないと思いました。

富士山の写真どれか載せてください。
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2008年10月16日

40+6歳になりました。

夕べから東京にいます。
今日は地元から宇治市議会議長の坂下先生、
久御山町議会議長水見先生、南山城村議長の北先生が上京され、
文科省や国交省への要望活動に同行させていただくので、
東京にいました。
毎年の恒例になり、いつものように議員食堂でいろいろと
情報交換しながら、楽しい?ひとときを過ごしました。
今日は忘れたい?誕生日でした。
今のいつ選挙があるか不透明な国政の状況から、
今回は事前の誕生日要望活動?もせずに大人しくしていましたが、
事務所や知っている方からお祝いをいただきましたので、
このブログでちょっと紹介します。
事務所からは「シャネル」のネイルカラーをセットでもらいました。
社会人になってから手元のおしゃれだけは欠かさずにいます。
いつもドラッグストアで買いやすいものを付けているので、
こんな「シャネル」だなんて!!・・・もったいなくて付けられないので
飾っておこうかと思います。
私のテーマカラーのかわいいピンク色です。
落ち込みやすい今日この頃?手元から明るくしようと思いました。
ありがとう・・・。
あとこの他にも思いがけない方からピンクのバラをいただきました。
いつもいろいろとお世話になりましてありがとうございました。
この他にも地元事務所にもお花をいただいていると聞き、
明日帰るのが楽しみです。
今年の誕生日は何となくおめでたくないような気持でしたが、
いただいたプレゼントに励まされながら、
また「良いお歳」を重ねたいと思います!

事務所からもらったネイルセット
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東京事務所に届いたピンクのバラ
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2008年10月04日

ホームページをリニューアルしました

ホームページの「京都南部の課題」をリニューアルしました。
京都南部の課題を真剣に取り組んで参ります。
是非、ご覧ください。
http://www.izawakyoko.com/map.html

2008年08月17日

命の日付け・・・。

今日は何だか少し暑さが控え目?になったような気がします。
午前中からお昼にかけては久御山町長選挙の応援で
自民党車に乗り、街宣活動を自民党久御山支部と
地元久御山町議会議員のみなさんと
「3期目を目指す、現職坂本信夫町長へのご支援、
ご支持のほどよろしくお願いします!」と2月の
八幡市市長選挙以来のうぐいす嬢をしました。

夕方は京田辺市普賢寺大御堂の十七夜のお祭り伺いました。
普賢寺大御堂には国内には七体しかない国宝の仏様がありました。

お父さんこと舞妓の茶田宮会長とドイツからの留学生
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普賢寺大御堂にて
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詳しくはhttp://blog.nihon-kankou.or.jp/kankoublog/JTA26211.php?itemid=946

追伸:知っている方のご子息が40歳の若さで急遽されました。
地元で地域に根差した在宅医療活動をされ、
「赤ひげ先生」のような存在と聞いており、
一度お話を伺いたいと思っていた医師でした。
キリスト教式の告別式で神父様が「永遠の住みかへの旅立ち」と
題して説教をされました。
「自分は生きている日付けを考えながら生きているのか、
死に向かい限られた命を日付けの中で生きている、
1日1日に責任を持ち、生きているのか、誰と会い、何を話し、
何を食べ、何をして、大切な1日1日、限りある命ある日付の
中で生きているのか」深く深く心の奥底に響くお話で
「生きることの尊さ」を無駄にしていないのか・・・と気付かされました。
故人は1万4千日あまりを生き抜いたそうです。
私は1万6千日くらい生きていると思います。
議員になり目まぐるしく毎日が過ぎていきますが、
1日1日を本当に生き抜いているのか、
自分の命の日付けをまっとうして生き抜きたいと思いました。
ただ今、深夜零時36分今日も1日終わり、
命の日付けが加算されました。

故人のご冥福を心からお祈り申し上げます。


2008年08月14日

ひとりっ子自分のあやし方・・。

今日は時間をもらい、ゆっくりとしていました。
東京にいる時は自分で空いた時間をやりくりして、
ブログ書きや書類整理やらできるのですが、ここ地元朝出かけると
夜帰宅するまでは車の中くらいが自分の時間ですが、
車中は新聞や資料を読んだり、同行秘書と打ち合わせしたりで
バタバタしています。

6月のブログにB型自分の取扱説明書について書きましたが・・・
第二段「ひとりっ子の取扱説明書」
(Dalle Dalle著/廣済堂出版)が出ました。
私は隠しても隠せない「B型ひとりっ子だい!」です。

今回は電車に乗りながらではないので安心して、
一気に30分くらいのスピードで読みました
(オリンピック金メダルかも?)。

本文からひとりっ子の3大機能と7つの特徴を紹介します。
□3大機能
1)タイクツを感じない高耐久性
小さいころはひとり遊び、オトナになったらひとりご飯。
ひとりで過ごすのは大の得意。
豊かな空想力でどんな時間もたやすくつぶせる。
→だから独身でも退屈しないんだ!

2)プレッシャーが栄養源
周囲からのプレッシャー高ければ高いほど燃える。
スポットライトを浴びるのが大好きで、
緊張するより期待に応える思いでやりとげてしまう。
→最近は自民党への逆風負けん気になってます!

3)バツグンの「ひとの顔色」識別能力
相手の顔色の変化をつぶさにキャッチ。
親の顔色を見て愛情を計ってきた経験から分析し、対応策を決定。
ただし、データベースが親だけなので失敗することも。
→特に仕事ではバツグン能力発揮!
しかしプライベートでは愛情計り間違えしてます。

□7つの特徴
①自分のことでいっぱいの脳内  
→いやいや選挙のことで頭がいっぱい

②親の言うことはよく聞く耳
→聞いた瞬間は「うるさい」けどしっかい聞いてる

③たっしゃな口 
→たっしゃ度:78点

④こだわりだしたら止まらい手
→う~ん。

⑤疑うことを知らない無垢なハート 
→そうそう!ピンポン♪~ポン~ポン♪

⑥好物いっぱいのおなか 
→宇治金時の氷に抹茶パフェ、スパゲティ、肉・肉・肉

⑦マイペースで動く足
→最近はほとんで歩けない

追伸:著者Dalle Dalleはある年のエイプリルフールに
生まれたひとりっ子で幼い頃からピアノに絵画、パリに留学。
クラスメートからつけられたあだ名がDalle Dalle(ダル・ダル)ということです。

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2008年06月26日

恩師:野々村先生と船山先生との再会

今日も東京にいます。
いろいろと事務所で資料整理やレクチャーを受けたり、
もちろんブログを書いたりしながら事務所の自室にこもっています。
今日も座り続けて3時間以上経ちました(笑)。

夕方からは日本大学法学部に恩師を訪ね訪問しました。
議員会館から行ったので丸ノ内線で四谷乗り換えで
中央線で水道橋に着きました。水道橋の駅に降り立つと・・・
とにかく懐かしい!中央線の高架下を通り、三崎神社を通り、
思い出しながら当時と同じように歩いて校舎まで行きました。
確か卒業後、何か証明書を取りに行ったことがあったくらいで
大学訪問はたぶん22年ぶり?くらいです。

偶然に同僚議員が私の恩師である野々村新先生と
遠い親戚のようで私の話が出て、再会できることになりました。
私は2年近くの浪人生活後(代々木セミナールと駿台予備校に通う)、
昭和53年(まだ昭和)に日大法学部法律学科法職課程第二部
(法曹界を目指す人向けの特別課程で夜間に入学)に入学し、
水道橋校舎に通っていました。

入学直後の1年からずっと野々村新先生(心理学)と
船山泰範先生(刑法学)にはいろいろとお世話になっていました。
今では法学部の代表的な教授です。
ちなみに下の写真は野々村先生の近著
「こころへのアプローチ」(田研出版)と
船山先生の近著「裁判員法」(ナツメ社)です。

勉強嫌いの私が本好きになり、1時間以上も座っていられなかった
私が何時間でも勉強できるようになったのはこのお二人の先生の
おかげです。勉強に興味を持たせてくれたというか・・・
素晴らしい先生です。
当時はかなりガリガリ勉でした。
政治家になれなければ法律家いや検事になり、
正義の味方で国のために働くとか燃えてました。
日大と言えば法学部が有名なので入りたかったのですが、
当時の学力ではとても無理であらゆる大学を受けましたが、
受かったのは日大だけでした。
夜間なので昼はアルバイトできると思い、確か住んでいた
地元世田谷区の国会議員とか都会議員とかに直接電話をして、
アルバイトしたいとかけあっていたように思います。
そんな中で東京3区(世田谷区)
小坂徳三郎衆議院議員(元運輸大臣)の事務所で
アルバイトを見つけ、4か月ほどアルバイトしてから
夜は大学に通っていたように思います。
これが私の初めての政治との出会いでした。

まずは昼間の一部に転部しなくてはならないと猛勉強して、
転部ができ、そのうえ特待生(授業料免除)にまでなり、
親や回りは私に何が起こったのか、不思議がっていました。
それから私はめちゃくちゃ変わりました。
勉強好きで勉強ができるようになると自信がついたようです。
そんな中、司法試験も受け勉強漬けの大学3年の夏に
母ががんで入院し、付き添わなくてはならなくなり1年間大学を
休学して、母が亡くなってからまた大学に復学しただけに
大学を卒業できたことはありがたく思いました。

お二人の先生はそんな私をずっと支えてくれました。
その後も司法試験の勉強を続けたく、1年大学に残り
勉強を続けましたが・・・勉強好きも限界だったようで
社会人になり、当時珍しかった人材派遣会社
テンポラリーセンター(現パソナ)に入社して
社会人人生がスタートしました。つづく・・・。

22年ぶりの再会でしたが、当時の話しから先生方の消息や
現在の学生の話や大学のことまで話は止まらずに、
また会いましょうということで次回につなげていくことになりました。
先生にお願いして大講堂や学食にも連れて行っていただき、
20年ぶりのきれいになった大学と再会し、
また変わらない自分の原点と再会できたようでした。

水道橋駅
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三崎神社
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法学部本館校舎
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野々村先生(左)と船山先生(右)
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こころへのアプローチと裁判員法
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2008年06月25日

ある日のB型自分のあやし方

夕べ、最終ののぞみで京都に帰りました。
ある日の笑い話を書かせてもらいます。最近のベストセラーで
Jamais Jamais著「B型自分の説明書」(文芸社)を買い、新幹線の
中から読み始め、京都についてガラガラ引いても歩き読み、
奈良線に乗ってもすき間に割りこみ座り、読みに読み終えました。

気がついたら城陽でした。

「じょうよう(城陽)」と聞いて「どうよう(動揺)」した時は
遅かったようです。めちゃ慌てました。
すぐにガラガラと駆け上がり、時刻表を見たらすでに反対側の
京都行の終電は終わってました。

あわてて改札を出て、タクシー乗り場に駆けつけたところ、
1台タクシーがあるあるある・・・しかし直前を歩いていた人が
乗っちゃいました。ついてないことがこう続くと
やはりB型かと笑いました・・・
タクシー会社何社かに電話しましたが、ケンモホロロで
すぐに行けないとか、しばらく待っていたら来るとか・・・
めちゃくちゃ不安になってきました。
10分ほどしたらタクシーが来たのでちょっと安心しましたが、
暗がりの中でいつ来るかわからないタクシーを待つのは不安でした。
こんなんで何かあったら、地元紙に“バン”と載るのか・・・
やはりB型の自分は情けなく、笑えると自分であやしました。
城陽から自宅に帰る暗がりに私のポスターが目立っていたのは
気のせいでしょうか?
このブログを読んでいるB型の方もいると思うので、
ちょっと触りを紹介します。

*本では□の項目をチェックできるようになっています。
□「変」て言われるとなんだかウレしい。
□ホントはガラスの心を持っている。
□右と言われれば左という。それが基本。
□密かに負けず嫌い。でもバレバレ。
□人に意見を求めるけど、結局自分で決める。
□愛より恋。

私をよくご存知のみなさん、あぁ~やっぱり・・・と思ったでしょ??
私は両親ともに典型的な、いや血統書付のB型だい!ということで
笑って見守ってください。すんまへん。

追伸:著者は建築設計士をされたなぞの方で、
そもそも周囲になぜか一風変わったユニークな人間=B型が
多いことから血液型に興味を持ったそうです。
B型の他にも最近は「A型自分の説明書」も出版されています。

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2008年06月22日

 ちょっとストレス解消法?!

今日は国会が終わった報告などで、地元を少し回りました。
あいにくの雨模様で何となく何となく挨拶回りもトーンが下がるようです。
「ねじれ国会」「後期高齢者問題」「福田総理の支持率」
「衆議院議員解散」「自民党への批判」などなどテーマも何となく
梅雨っぽいジメジメしています。
こういう時はひたすらお話や批判、苦情を聞きながら、
反省すべきは反省し、自民党は信頼回復していくことだと話しています。

最近、よくストレス貯まるでしょう?と聞かれることが多くあります。
東京にいる時はわずかな時間を捻出してマッサージに行ったり、
水泳に行き、1キロくらい泳ぐようにしています。
あいにくお酒が飲めないので「やけ酒」はできずに「やけ食い」のような
中途半端なことでストレスを解消というか、
「楽しい」「好きなこと」「好物」でストレスをまぎらわせています。

その「好物」の一つが京都駅伊勢丹8階にある“ハニービー”という
ワッフルを出すお店があります。
私の大好物がワッフルとかパンケーキの粉もので、
ここのワッフルはかなり美味しいです。
東京でもワッフルを出すお店が少なく、京都で時間ができると
駅の中ということもあり、20分ほどのクイックストレス解消です。
先日食べたのが「マンゴークリームワッフル」で
必ずアイスティも一緒に頼みます。
マンゴームースとアイスクリームが絶妙にトリミングされ、
カリカリ中しっとりのワッフルといい感じで美味しさをハーモーニー♪
しています。
この食べているところだけは地元の人に見られたくないくらい、
あどけない笑える顔をしていると思います。
たぶん、見たくないと思いますが・・・。

夜遅く確か22時くらいまでやっていますので一度ここの
ワッフルを食べてみてください!

マンゴークリームワッフル
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2008年06月19日

東京JCの先輩と再会

今朝は早朝の厚生労働部会があり、
「与党鳥由来新型インフルエンザ対策PT」の集まりがありました。
そのポイントは
1:新型インフルエンザ発生当時の在外邦人の支援
2:検疫体制の強化
3:抗インフルエンザ薬(タミフル・リレンザ)の備蓄量の増加
4:プレ・パンデミックワクチンの事前接種の検討
5:パンデミックワクチンの研究開発・製造体制の強化
6:保健所を中心とした地域医療体制の確立
7:個人、家庭、企業、学校、マスコミにおける取組の要請
8:国・地方公共団体の危機管理体制の整備、
自衛隊の活用方針の明確化
などがPTの提言として取りまとめられました。
なお本日付けで自民党谷垣禎一政務調査会長と
公明党斉藤鉄夫政務調査会長の合意がなされました。

私もいろいろと関わっていただけにこれから夏休みシーズンに
海外旅行者も多いことから、事前に注意喚起やまたもし発生した時に
事前に防げるようなマスクなどの衛生品の備蓄や食料の備蓄に
ついても国策として取り組んで欲しいと要請しました。

10時からは宏池会の勉強会で「後期高齢者医療制度」について
鈴木俊一先生(社会保障制度調査会長)から講義がありました。
今回の低所得者向けへの見直しについて取りまとめられたとこもあり、
そもそも昭和48年の70歳以上の老人医療を無料化した老人保険法の
経緯から始まり、今後超高齢化社会を迎えるにあたり、現役世代が
どう財源を支えていくのかまで幅広いお話がありました。

今日、夜は嬉しい再会ができました。何度かブログにも書きましたが、
私は東京青年会議所の品川区委員会に通算4年くらいいました。
ちょうど父の会社が品川にあり、以前から同世代の次世代を担う
経営者予備軍の仲間との情報交換や人脈づくりもしたかったので
入りました。途中、大学院に行ったりでまた戻り、
忙しくなったりで卒業せずに退会してしまいましたが、
その当時の先輩(JCではこう呼ぶ)後輩の関係はずっと続きます。
今日は私がJC活動をしていた当時のスポンサー
(入会するときの紹介者)である新保勝英センパイと
安川政壱センパイと再会しました。新保センパイとは10年ぶりくらい?
安川センパイとは3年ぶりくらいでした。いろいろと当時の仲間は
今どうしている?とか、当時の会員活動の話など懐かしい思い出に
花が咲きました。お互い変わってない仲間に安心しつつ、
これからもこの「仲間」を大事にしたいとあらためて思いました。
いつまでも「京子ちゃん」と呼んでくださいね!

新保センパイはプロフィットというシステム開発や事務機器操作の
人材紹介や業務請負の会社を経営されています。
詳しくは→www.profit-1.co.jpです。

安川センパイは以前いた父の会社と同業ということもあり、
以前から親しくしており、私の選挙の時には甥っ子さんに
京都まで手伝いに来てもらい助けてくれました。
今はお父上の会社をつがれて包装や物流のシステム関連事業や
ゴルフ・スポーツ関連事業や営業・マーケティング事業など
幅広くされています。詳しくは→www5.ocn.ne.jp/^yasukawa/

追伸:めったにない!若い男性(?)に囲まれた再会の夜でした。
貴重な写真ご笑納ください。

久しぶりの再会に乾杯!(かなり気取ってます。)
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2008年06月16日

祝!大塚拓さん・丸川珠代さんの結婚式♪

今日はいつもより同僚議員の結婚式に呼ばれていたので
早く東京に帰りました。
話題のカップルでしたので、ご存じの方もいると思います。
そもそも新朗の「拓ちゃん」とは同期で仲が良く、
同じフロアーにいるので事務所同士もお付き合いがあり、
委員会の急な差し替え(代理)などもよく引き受けてもらったりしています。

昨年の春の園遊会ではお互い独身なので、一緒に行こうか?と
“なんちゃって夫婦”で行ったくらいでした。
周りからもお互い独身だからがんばれ!と応援の掛け声や
冷やかしもあり、一瞬?少し盛り上がっていましたが・・・
また一人独身がいなくなり誠に残念です。

新婦の「丸ちゃん」とは実は5年ほど前にNYで会っています。
丸ちゃんがテレビ朝日のキャスターとしてニューヨーク赴任していた
時に知人の紹介で会い、ご飯を食べたり観光したりで遊んでいました。
まっさか!その丸ちゃんが参議院議員になり、
こうして拓ちゃんと結婚してしまうとは・・・
運命というかびっくりと言うか、複雑です。
白いウェディングドレスがとても似合うきれいな花嫁と
凛々しい花婿でした。

一緒にテーブルを囲んだ同僚議員は独身の私に、
議員同士の結婚がいいとか、
○○議員とかXX議員は独身だとか勧められましたが・・・。

 豪華絢爛なゲストばかりでした。
小泉元総理は「自分は結婚のスピーチをするのは
ふさわしくない・・・夫婦に問責決議があってはならない、
審議拒否があってはならないとか」
今の国会の情勢をうまく夫婦間の問題に捉えて、
国会議員同士の結婚であり、夫が衆議院議員で妻が
参議院議員ということもあり、“ねじれ”ていてはいけないが・・・
小泉流のちょっと書けない?男女間の話にまで入り、
会場内は笑いの中で盛り上がりました。

安倍前総理からはチャーチルの言葉を出して
「人生生まれ変わっても、政治家になり、またチャーチル家の
一員に生まれ、そして世界中どこにいても妻クレメンタインを
探して結婚したい・・・。」とうまく盛り上げられながら話されました。
お二人の総理大臣を歴任された方からお祝いの挨拶があるなんて、
めちゃくちゃ豪華でありえないと思っていたところ、
会場には新婦の友人「藤原(陣内)紀香さま」がいらして、
すっかりミーハーになりました。
そばで見た紀香さまは「美」のオーラがあり、人形のように完璧でした。

追伸:まだあきらめていない自分の結婚式の参考にはならない
結婚式でした(笑)。

豪華なテーブルの上
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小泉総理からの挨拶
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安倍総理からの挨拶
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谷垣先生からの挨拶
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田原総一朗氏からのビデオで挨拶
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豪華な顔ぶれの乾杯
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紀香さまと記念撮影
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同期のメンバーと囲んで
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2008年04月01日

石田純一と・・・。

この2月3月はあっという間に過ぎ去り、今日から4月です。

国会周辺の桜は満開が過ぎ、
風で桜の花びらがヒラヒラと舞っています。

今日はちょっとプライベートなブログです(笑)。
先日「太田総理で共演した」石田純一と夜のドライブで
きれいな夜桜を楽しみました・・・ところで今日は何の日? 

自信の一枚です、ご笑納くださいませ!

桜にライトアップされた東京タワー
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2008年02月12日

あたいは゛ゆきんこ゛

こんにちわ!わたしはいざわきょうこです。

しょうがっこう1ねんせいです。
おうちのおにわにいっぱいゆきがちもったのでゆきあそびしました。
なんだかあそびすぎておかあさまにおこられました。
きょうこはゆきがだいすきです。

追伸、私は40年近くたっても雪が好きです(笑)
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2007年11月01日

母が亡くなって21年・・・。

毎年この日が来るたびに思い出すのが日航機の事故です。病気が見つ
かり、自宅に帰れないまま病院に入院した母と事故の様子を病室で見て
いました。一瞬にして命を落とされた方、何の別れもできずに残された家
族のことを思うと、私はまだこうして目の前に母がいることをありがたく思
っていました。今日もあれから何年経ったか、遠い昔のようでまだ新しい
記憶のようで、すぐに何年たったか数字が思い浮かばずに、ヤフー検索
「日航機事故」であれから22年たつのか・・・とその翌年に亡くなったの
で22年から1年引くような計算です。私が22歳の時に亡くなったので、
もう年齢はダブル?は過ぎたのですね・・・。 
 実は先日宇治の自宅の書棚から母が俳句を書きとめた便せんが出てき
ました。母は新聞や雑誌によく投稿をしており、何か投稿するはずだった
もののようで母が愛用していた鳩居堂の便せんに書きとめられ、途中の
ままになっています。いつかは母が創った数々の歌を見つけ、歌集とし
て出版してあげたいと思っています。
書き残した幾つかの歌を紹介します。
お茶を習っていた母が深まる秋の中で茶室に炉を開くときに気持ちを詠ん
だものだと思います。

・わびすけの床に決まりて炉を開く

・炉開きや筧の水の立ち澄みて

・ゆく秋を惜しみて今朝の炉を開く

こうして娘の私が、ブログに書いて一人でも多くの方に見ていただくことで
少しは供養になるかと思い、載せました。
私もいつかはここ京都の風情を歌にできたらと思います。
 
見つかった便せん
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2007年08月13日

Disappointed Japan

Hi! How are you?
I will try to use English,today (^^).
I 'm sorry,that my English is clumsy!
This reason is quite simple that why….. :
I met friend after an interval of 3 years, Tomoe and Yoshie who is
sister.
I visited to Tomoe’s house. Tomoe’s husband “ Keith R Braden”
is American.
He is a Panam and ex-president of Continental Air line. He has
35years of career in Air Line Business ,Now he is Business
Management Consultant.
We discussed Japanese politics.
First of a11,He said Disappointed that Japanese politics and
Abe-san’s decision.
The only natural resource is People that is big problem, the
other problem is Pension, Healthcare, Education, International
trade, Corporate governance is terrible for policy, no accountability
Abe-san said “Lets make beautiful country Japan” but we have a
question for this words,
“How to make Beautiful country ?” “What is Beautiful ?”“Do you
have a idea?” ”What kind of plan do you have?”
But Abe-san never answer “no plan” “no vision”.
I asked him what should do? He said just Resign! Voice of people
by their vote, Nation do not want to Abe-san , Message is clear.
Abe-san should not be in power.
People want to change the president, And opinion is their clear ,
in spite of sympathizer for Japan.
Finally he advised to me “You can change the Japanese politics”
You can doit!!”
I remember the famous speech “The Goverment of the people,
by the people,for the people” by Abraham Lincoln
追伸:読みにくい中学生英語を読んでいただきありがとうございました。
今日はちとがんばって英語モードで「失望した日本」というタイトルで
友人のアメリカ人の旦那様とのディスカッションの一部を紹介しました。
親日家のアメリカ人から見ても今の日本の政治は理解し難いものがあ
るそうです。アメリカの大統領選挙では国民が投票できることから国民
の声が反映されるが、日本は衆議院議員を選ぶことしかできず、その
選ばれた議員が総理大臣を選ぶことになるから国民の声が総理大臣
を選ぶ選挙で国民の声が反映できないことが今回のような続投という
結果を導き出すのではないかとのことです。単刀直入で示唆にとんだ
有意義な会話でした。
何といっても今日の友人との再会は、数年間も会わなかった時間をも
埋める楽しいひとときでした。おしゃべりしたいことを好き好き話す、そ
してよく笑いました。急な約束にも関わらず集まってくれた貴恵ちゃん、
智恵ちゃんにあらためてお礼言います。また遊んでね!

貴恵ちゃん、私、智恵ちゃん(アメリカ人の旦那様がシャッターを押し
てくれました)
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2007年08月12日

儚い命と尊い命「百々華ちゃん」

 今年は本当に忙しい、慌ただしい毎日で気がつけば8月もお盆の時期に
なっていました。今年のお盆は思い切って事務所をお休みにして、スタッフ
一同休んでもらうことになりました。私一人が活動していたらスタッフも休め
ないので・・・という口実で?私もお休みをもらいました。まずやることは母の
お墓参りです。「井澤家」のお墓は神奈川県伊勢原市にある紫雲寺にあり
ます。たぶん昨年の年末以来?久しぶりに小田急線に乗り行きました。以
前東京に住んでいた時には毎月行っていました。
今日新聞を見ると「日航機墜落から22年」という記事がありました。一瞬に
して520人もの方のはかない命が奪われた痛ましい事故から22年。その
事故現場からの中継を母の病室で見ていたことを思い出します。前触れも
なく突然一瞬にして最愛の人を亡くしてしまったご家族のことを考えると、こ
うして私は余命少ない母とこうして過ごす時間があることへのありがたみを
感じるとともに、失っていく時間を過ごしていた夏の思い出、20年以上経っ
ても癒されない思いがあります。私にとってこの日航機墜落は母の思い出で
もあります。
久しぶりに叔父宅に行くと思いがけず「かわいい赤ちゃん」が井澤家に仲間
入りしていました。昨年結婚した従兄の明子ちゃんの3月に産んだばかり子
ども「百々華ちゃん」は、すっかり井澤家のアイドルです。子ども好きな私は
すぐに「おねぇちゃんでちゅよ~♪」とあやして遊んでいました。
明子ちゃんは妹のように思っていたので、「えっ、ほんとにあっこが産んだの
?」とマジマジと聞いてしまいました。偉いことに母乳で育て、子どもをあや
す姿は「立派な母」でした。仕事がら?「出産手当ては出たか、育児手当は
どうか、乳幼児医療は大丈夫か、地域子育てセンターはあるか、不便なこと
はあるか」などいろいろと質問攻めしてしまいました。身近かで聞ける声は
一番の現場の声です。「百々華ちゃん」をずっとずっと見ていても飽きないの
です、ちょっとしたいろいろな動きがかわいいのです。子どもの命は尊いとあ
らためて思いました。この子たちが成人する頃の20年後の日本はどんな日
本であるのかと考えるとすぐに出てこない、ばく然としていて描けていないよ
うです。この機会に20年後の日本について思い描いてみたいと思いました。
教育、社会保障問題、経済、環境、格差問題などこれから20年先を見据え
て考えていかないと思いました。尊い命を育んでいる「百々華ちゃん」のため
にも明るい未来の日本にしていくことは私たち国民のみなさんに選んでいた
だいた政治家の仕事であると・・・。

にっこり!ペコちゃんスマイル
smile.JPG

空飛ぶ!百々華ちゃん
soratobu.JPG


2007年08月01日

ベルイマンの死

 いよいよ8月です。今月からはまた気持ち新たにしっかりとブログ再開
で書きまくりますのでどうぞよろしくお願いします。

 さてさて毎日、新聞の記事を読む気持ちがいささか・・・見出しさえ遠く
で読みたいような複雑な気持ちで新聞を読んでいます(今朝は首相、続
投批判回避へ)が、今朝は悲しい訃報がありました。私の最も敬愛する
世界的のスウェーデンの映画監督イングマール・ベルイマンが亡くなりま
した。研ぎ澄まされたたんたんとした映像、白い部屋、語り合い見つめあ
うクローズアップされる素顔の主人公、沈黙、短い台詞、時の流れ、そし
て終わり始まるという映像が流れていきます。その映像は、凝ったもの
ではなく、何もない映像の中にこれほど生きる苦しみ、家族だから憎し
み傷つけあう、さらけ出す生の夫婦のつながり、その淵にある愛情、ど
こかで結びつく家族の絆をこれほどまでに夫婦や親子の人間関係を描
ききる映画監督はいないのではないかと思います。人間という存在、内
面を凝視する眼差しは心の中深く深く淵に入り込みます(胃の中に入り
込むような感じ・・・)。

 高校から大学にかけて映画好き少女?はひたすら映画館に通い、
「人生とは何か?親子とは何か?生きるとは何か・・・」など息苦しいや
生き苦しい学生時代を送っていました。機会があれば是非、作品をご
覧ください。夫婦関係を描いた「ある結婚の風景」「鏡の中の女」親子
関係を描いた「鏡の中にある如く」「冬の光」「沈黙」「叫びとささやき」
などです。
 
追伸:最近“名札”をリニューアルしました。今日もコンビに行くのも、
ラーメンを食べるのも、自宅から外に出たら首から下げ、「いざわ京子」
としています。昨年末からつけ始めているのでかなりなれました・・・。

「いざわ京子」名札
070801.JPG

2007年03月16日

【その1】感慨深い1日

昨日15日、私が設立当初から2年間在職した株式会社産業再生機
構が解散されました。国家プロジェクトとしてスタートし、設立当初は
「新たな国民負担増に繋がるのではないか」などの懸念もありました
が、計画では5年間で業務を終了する予定が、事業再生も順調に進
み、1年前倒しで本日の解散を迎えました。4年間の活動を終わって
みれば国民の税金を1円も使わず、借入金を完済し、税金も納めた上
で約400億円近い利益を生んで、幕をとじることとなりました。支援企
業はダイエーやカネボウなど41件にものぼり、「海外では一般的だっ
た企業の再生のモデルを日本に定着させるきっかけになった」(斉藤惇
社長談)、国家プロジェクトとしては大きな成果を挙げ、大成功であった
と思います。仕事始めの日には、真新しい机、イス、キャビネットしかな
く、ゴミ箱や文具を揃えたり、関わった案件が出張先の雷で飛行機が
飛ばず、深夜、寝台特急で帰ったこと、IDカードを忘れて部屋に閉じ込
められたことなど、どれをとっても懐かしい大切な思い出ばかりです。
何ものにも変えがたい貴重な経験をさせていただいた2年間でした。
その経験を礎として、今後の政治活動に生かしていきたいと思います。
これまでお世話になった、斉藤社長、高木委員長、冨山COO、MD、
同僚スタッフの皆様、本当にありがとうございました。またお疲れ様で
した。この場を借りて、心から御礼を申し上げます。夕べのニュースで、
解散会見を見て、大役を果たされた3役のお顔を見ると、ちょっぴり涙が
出てきました。

追伸:今日の本会議の趣旨説明・質疑で公明党の伊藤渉議員より産
業再生機構の解散についての質問がありました。渡辺内閣府担当大
臣からは、地場産業から大企業の再生まで、わずか1年半弱で事業再
生を行い、事業再生市場を作り、国民負担なく解散された功績を称えら
れました。私は割れんばかりの拍手で一人盛り上がり、一人ヤジ「すば
らしい大成功!」とゲキを飛ばしてました!!手がジンジンしてます・・・。

2006年12月11日

日常の中で風化させてはいけないこと。

今日は、宇治市で起きた学習塾女児殺害事件から10日で1年経つことから、事務所の文字相談役と荻原さんと献花台に花を供えてきました。昨年も事件後すぐに現場を訪れ、献花しました。殺害から1年経ち、お父様から写真や手記が公表され、事件が残したもの、あらためてご両親や関係者の方々の1年を思うと胸が痛みます。昨年の事件当日のことは今でも鮮明に憶えています。早朝に市内であった行事を終え宇治に戻る車中、10時半頃ラジオからのニュースで事件を知り、すぐに現場に駆けつけました。現場には警察の車や各報道記者であふれかえり、交通渋滞をしていたことを憶えています。私の自宅が宇治署の真裏であることから、自宅から見える宇治署2階に灯る明かりを見て、取調べをしている様子が想像でき、同じ空間に犯人がいることの恐ろしさ、何ともいえない憤りを感じ、身体が震えた夜を思い出します。事件は今年2月から公判がはじまり、この14日で第六回公判が開かれます。被告からは心神喪失か心神耗弱の状態だったと主張があり、刑事責任能力の有無が争点となるそうです。私はこの事件をきっかけにして、未来を担う子どもたちをどう守り育てていくかの問題を真剣に取り組むことになりました。昨年は自民党の「犯罪から子どもを守る緊急対策本部」の幹事に就任していたことから、栃木県今市市の吉田有希ちゃんが殺害された事件現場を訪れ、自治体関係者や住民らと意見交換を行い、安倍官房長官(当時)に「犯罪から子どもを守るための緊急提言」(昨年12月19日)をしました。
また私はこの宇治の事件を受け、学習塾に通う子どもたちの安全確保についてガイドラインの設置を要望したことから、経済産業省で「学習塾に通う子どもの安全確保ガイドライン」(平成18年3月)が設置されました。その後も引き続き、子どもをテーマに取り組み、今は自民党の「子どもは宝プロジェクト」に参加しています。
昨年は、相次いで幼い子どもが殺されるという事件が各地で起きました。今市事件は12月1日で1年がたちましたが、まだ犯人は見つかっていません。宇治の事件も公判中です。1年がたったという記事だけで、その後の報道さえされなくなりました。今年は9月終わりからいじめや自殺、児童虐待などが全国的に起き、連日ニュースになり、文部科学大臣も自ら取り組んでおられます。しかしこれらのニュースは日常生活の中に入り、「いつもの」ニュースになってしまっています。日常化し、慣れていくこと、そして風化してしまうこと、その時々の話題やニュース性だけで社会や世論が形成されていくことを怖く思います。政治家は話すことが仕事でもあり、いろいろな場面で語り伝えていくことが、子どもの課題に取り組むひとつだと思います。
外はクリスマス、1年のうちでいちばん街が賑やかになり、子どもたちにとって楽しいシーズンです。語ろう!クリスマスを喜ぶ子どもたちのために・・・。

2006年11月24日

「いじめられていた遠い記憶」

月曜日、ブログを更新しないことがありますが、休みではなく、ほとんど地元のあいさつ回りやら、事務所での来客、東京に移動する時間で更新せずにいましたが、これからは私がふと思うこと、経験してきたことなど徒然な気持ちを書いていきたいと思います。
今、京都新聞朝刊1面に「絆つむいで」という、親子関係が書かれている連載があります。忘れていた親子関係を思い出すきっかけになります。特に亡き母との30年以上前の遠い記憶の彼方を思い出しました。今日の連載のテーマ「親子の糸」を読んでいて、「強くなって、母を守りたい」という言葉から、昔から母が病気がちで、自分が強くなって母を元気にさせたいと思っていたことをふと思い出しました。最近、いじめの問題が取り上げられていますが、私も小学校の頃から今で言う「いじめ」に合っていました。小学校1年の時に白い上履きを水の入ったバケツの中に隠されたことや、小学校4年生の時に、クラスの男の子に急に足を出され、私はつまずき、頭から机の角に転び右頭を打ち、脳震盪を起こし、病院に運ばれたことがありました。病院の先生から、今は大丈夫でも大きくなって脳が成長してきたら、血管に後遺症が出てくるかもしれないと言われ、母が泣いていたことを覚えています。その時、学校では単なる子ども同士の悪ふざけで終わったようで、問題にされなかったようです。今ではありえないことですが。未だにその時に取り合ってくれなかった担任の先生の名前やふざけていた私が悪いように言われたこと、足払いをされた男の子の名前は忘れていません。その後もいじめられ続け、同級生から小学校向かいの公園に呼び出されて、石を投げられたり、髪を長くしてリボンをつけていたので、髪を引っ張られたり、「りぼんのバカ、ブス!」と罵倒、仲間はずれにされ、いじめられ続けていました。学校からいじめられて、よく泣きながら家に帰っていました。その時に母が「京子は悪くないから・・・自信を持ちなさい」としっかりとひざの上で抱きしめてくれたことが、唯一私を守ってくれたものでした。その時以来、自分が強くさえなれば・・・いじめられないと思ったようです。決して無理してまで学校に行きなさいとは言わず、わたしを励まし続け、守り通してくれたのが母でした。
今、いじめで悩んでいるお母さんがいたら、しっかりと子どもを抱きしめ、守ってあげて欲しいと思います。子どもを守れるのは親でしかないのです。
追伸:その後、おかげさまで大人の脳に成長しても後遺症は出ていないようです。脳の成長が止まってしまった今?さすがにもう大丈夫だと思いますが・・・。

2006年10月16日

ゾロメな44歳誕生日

今日は私事ですが、ついに44回目のお誕生日を迎えてしまいました(笑)。東京におりましたので両親に祝ってもらいました(残念ながら他に心当たりもなく・・・)。この仕事についてからは普段会えないだけに、貴重なひとときでした。私は一人っ子なので、もっと親孝行をしなければならないと思いながら、我がままばかりで、自分勝手な好きな生き方をしているので、本当に申し訳なく思っています。離れているだけに父や母への、思いは強くなりました。両親がいつまでも元気でいてもらえるかと気になります。
あらためて、今日はお誕生日をありがとうと気持ちを込めて伝えたいと思います

追伸 : 私はスーパーファザコンで、小さい時から父のような人が理想でした、気がつけば44歳
なり!理想探しはつづく。。。


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